東京高等裁判所 昭和26年(う)4698号 判決
刑訴法第三〇八条は、裁判所は検察官及び被告人又は弁護人に対し証拠の証明力を争うため必要とする適当な機会を与えなければならないと規定していること、まことに所論のとおりであるが、この規定に関連して刑訴規則の定める所を見ると、その第二〇四条に、「裁判長は裁判所が適当と認める機会に検察官及び被告人又は弁護人に対し、反証の取調の請求その他の方法により証拠の証明力を争うことができる旨を告げなければならない」としているのである。
すなわち、この規定によれば、反証の取調の請求をすることができる旨を訴訟関係人に告げる時機を以て、「裁判所が適当と認める機会に」とするのであつて、所論のごとく個々の証拠の取調終了毎に、というのではない。してみればすべての証拠の取調終了の後において、右告知をしたとしても以てその手続を目して右規定に違反するものということはできない筋合である。又もしかりに裁判所が全然右告知をすることなくして審理を終結したとしても、訴訟関係人からこの点につき何等異議を留めた跡の見るべきものがないならば、裁判所の右手続上の瑕疵は治癒されたものと見ることすらできるのである。
さて記録をひもといて原審の公判廷における審理の経過を見るに、裁判長は多くの証拠書類の取調の後、最後に所論証人山口勘五郞の取調をし、該証人に対して尋問を終つた旨を告げ、しかる後に訴訟関係人に対し、「反証の取調の請求その他の方法により証拠の証明力を争うことができる旨」を告げ、そうして訴訟関係人においてこれに対し「別に争わない」と述べていることを知り得るのであるが、裁判長の訴訟関係人に対する右の告知たるや、たゞ単に証人山口勘五郞の証言についてだけのものでないことは、公判手続の経過に照してみて容易に観取することができるのであつて、右告知に関する公判調書中の記載が、「以上総べての証拠について」これをした旨を明示してなくとも、毫も該告知の趣旨とするところに影響を及ぼす憂はない。
従つて、論旨第一点の所論は、これをすべて採用しがたく、該論旨はおのずから理由がない。
(下略)